キムライフ

もらったものは次の人に渡す。トヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

ヨーロッパのオススメ旅行 ベスト5 第5位 バルセロナとマヨルカ島

第5位は、バルセロナマヨルカ島です。
 

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夏の旅行は、海で遊びたい。でも、せっかくのヨーロッパだから世界遺産も見たい。
 
ということで、歴史的建造物の観光と海水浴という組み合わせをいろいろ考えました。バルセロナマヨルカ島の旅行もその一つです。
 
ガウディ、フラメンコに、ショパン。きれいな海に、美味しいスペイン料理。魅力いっぱいの旅となりました。
 
1日目 〜3日目 バルセロナ
 
バルセロナといえばガウディ。
 
カサミラ、サクラダファミリア、グエル公園といった代表的な彼の建物をみることができます。、
 
スケールでいえばサクラダファミリアです。
 

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まだ建設中であることでも有名です。実は、このときは2回目でした。1回目は、以前部下に寂しかったと泣かれた話を書きましたがその時です。約7年振りでしたが、確かにかなり工事は進んでいました。
日本人は何年もかけて建てているのを聞くとビックリしますが、ヨーロッパの会社の部下には、自分の家を建てながら住んでいるメンバーがいました。そこに一度遊びに行ったことがありますが、二階は完成、一階はまだ途中でした。ヨーロッパの人たちにとって、時間をかけて何かを建てるというのは案外当たり前なんだなぁ〜と感じました。
 
日本とヨーロッパでは、何が時間に対する感覚が違うように思います。
 
僕が一番好きなガウディの建造物はグエル公園です。
 
海をコンセプトにつくられた公園には海面をイメージした大きなテラスがあって、そのテラスの下も公園なのですが、テラスの下は海中です。そこからテラスの裏側、天井をながめると、そこには海中から見える泳いでいるタコとかヒトデのタイル絵を見ることができます。それが何ともかわいい。

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また、回廊の壁と柱は波をかたどっていて、そのセンスやユーモアで、とても楽しい気分になります。

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ガウディの建物は、生き物や自然をモチーフにしているものが多いですが、それがもっとも楽しく表現されているのがグエル公園です。
 
夜はフラメンコ。
 
ホテルのコンシェルジュにオススメを予約してもらいました。めちゃくちゃカッコいいフラメンコ。
 

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昔、新婚旅行でマドリードに行き、フラメンコに行ったのですが、その時は代理店のパック旅行で行きました。
 
パック旅行の場合、どうしても団体対応ができることが優先されるので、少し大きめの会場になってしまいますが、
 
今回はとてもこじんまりしていて、すぐ近くで踊りとギター演奏が楽しめ、臨場感が大違い。ダンサーもギタリストもめちゃくちゃカッコよくて、とても感動しました。
 
3日目はモンセラー山へ。
 
変わった形の山で、山を切り抜いてつくられた修道院があります。

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独特の雰囲気があって素敵です。山の上にあるので、そこから見る景色も雄大バルセロナ旅行のおススメオプションです。
 
4日目〜9日目 マヨルカ島
 
バルセロナからマヨルカ島までは飛行機で行きます。マヨルカ島は沖縄の3倍の面積がある結構大きな島です。
 
島の玄関口となる港にあるパルマ大聖堂はとても立派な聖堂です。

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島にはショパンが滞在していた家があったり、大きな鍾乳洞があったり、

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そして何より、海がとてもきれいです。
 
地中海は内陸の海で、沖縄のようなサンゴ礁ではありません。そういうと、瀬戸内海とか、日本の海を想像しますが、実際はとても透きとおったきれい海です。
 

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地中海沿岸には工場がありません。ヨーロッパというところは、開発する地域と自然を残す場所がはっきり分けられています。
 
個を尊重する文化でありながら、社会のデザインはちゃんとしている。日本は個より集団に重きをおくのに、社会のデザインがあまりない。なんだか不思議です。
 
スペインは食事が美味しいのも魅力の一つ。

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パエリアが有名ですが、海に面しているから、海産物が豊富で、ヨーロッパの料理のなかで、味付けが一番日本人好みだと思います。しかも、安い。
 
今回はヨーロッパに住んでいた時の旅行なので、長期間の旅行でしたが、バルセロナ
モンセラーをやめて2泊、マヨルカ島は海と聖堂観光で3泊あれば楽しめると思います。
 
バルセロナ&マヨルカ島、オススメです。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
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海外旅行のまちがいのない計画の立て方、楽しみ方。

ヨーロッパで住む最大の楽しみは旅行です。
 
ローマ時代から長い歴史があり、国によって文化が大きく違うので、観光するところがたくさんあります。
 
しかも、ミシュランガイドやホテルのレイティングシステム、コンシェルジュなど旅を快適にする仕組み、高速道路などの交通インフラが整っています。
 
旅行代理店に頼むのもいいのですが、今はインターネットが発達したおかげで、個人でも簡単に旅行を組むことができるようになりました。インターネットやミシュランをいろいろ調べて宿を決める。三つ星にするか四つ星にするか、こちらの宿はきちんとグレードづけがされているので安心して選ぶことができます。そうやって、
 
宿やレストランを選ぶのも旅の楽しみです。
 
そんな時、頼りになるのがトリップアドバイザーという口コミサイト。
 

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www.tripadvisor.jp/
 
このサイトで評判の高いところを選ぶとまず間違いがありません。
 
例えば、ホテルですが、他のサイトと違って、ここは完全口コミなので、立地のいいホテル、コストパフォーマンスが良いホテルの評価が高くなる傾向があります。
 
実はホテルの予約サイトの評価を見て決めて、失敗したことがありました。
 
設備はいいのですが、立地が悪かったのです。
 
ヨーロッパの街は治安が良くないところも多いので、ホテルの立地はたいへん重要です。
 
特に、夕食の帰りは必ず夜になってしまうので、立地が悪いホテルだと、せっかく美味しい食事を楽しんでも、帰りがこわくて、楽しい思い出がこわい思い出に変わってしまいます。前に書いたアテネのホテルも立地が悪かった。
 
トリップアドバイザーでチェックすると、立地のチェックになるので、ずいぶん安心できます。
 
そして、旅の楽しみといえば、食事。
 
でも、行ったことのない海外でどこのお店がいいのかわからない。予約をする自信がないという人がほとんどだと思います。
 
もちろん、先程紹介したトリップアドバイザーも頼りになりますが、旅行者中心の口コミなので、地元で評判とか、知る人ぞ知るなんてレストランはわかりません。そこで
 
おススメの選び方がコンシェルジュを使うこと。
 

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ヨーロッパのホテルには必ずコンシェルジュがいます。いないところでも、フロントに聞くと丁寧に教えてくれます。
 
コンシェルジュに頼むメリットは、いいお店を教えてくれることもあるのですが日本人にとってうれしいのは予約をしてくれること。
 
ネットでなら安心なのですが、レストランは、まだまだ電話でしか予約できないところがたくさんあります。
 
コンシェルジュにお願いすると、快く予約してくれるだけでなく、いい席をとってくれることが多いのでオススメです。
 
あらかじめ、ネットやガイドブックで行きたい店を選んでおいて、予約だけお願いするのもかしこいやり方です。
 
コンシェルジュを使わない手はありません。
 
トリップアドバイザーとコンシェルジュで旅行代理店に頼らない旅、ぜひ一度挑戦してみてください。旅の楽しさ倍増間違いなしです。
 
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カルロスゴーンの言葉。「グローバル化とアイデンティティの尊重は両立する」日本人がグローバルになるために必要なこと。

カルロスゴーンは捕まってしまいましたが、グローバル経営者として、大変優秀な人であることは間違いありません。その彼の言葉で
 
グローバル化アイデンティティの尊重は両立する。グローバルになることで、アイデンティティは強化される。
 
という言葉があります。
 

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グローバルの考え方として、たいへん的を得た言葉だと思います。そのことをヨーロッパで働くことを通じて痛感しました。これまで書いてきたとおり、
 
グローバルとは「違うことを前提に仕事をする」という価値観をもつことがスタートです。
 
それは、違うことが怖い日本人にとって難しいことです。
 
江戸時代の村八分の影響かもしれませんが、日本人は仲間はずれにされることをとてもこわがります。
 
そして、日本人には黒船襲来以来、欧米コンプレックスがあります。
 
「ものぐさ精神分析」で、岸田教授が書かれているとおり、あの時、日本は欧米にはかなわない。だから戦うことをさけて、不平等条約を結び、自らのアイデンティティであったちょんまげを自ら進んで切り、日本の誇りを封印して外国文化をとにかく輸入しました。
 
そして、封印された誇りは、第二次世界大戦という形で暴発し、決定的にたたきつぶされて、再び欧米追従の政治が始まり今に至っています。
欧米の人たちを理解不能の違う人たちとして理解することをやめては、コンプレックスは消えません。
 
違いを優劣や理解不能なものとしてではなく、そのまま違いとしてあるがままに認識する必要があります。
 
しかし、困ったことに、正しく理解する、考えるための最も本質的なツールである言葉がまるで違います。
 
これも前に書きましたが、話すときに、日本人が常に私は、とか、私がと言って話したら、きっと考え方や価値観はまるで変わると思います。
 
だから、正しく認識するには、正しく言葉を理解できるようにならなければなりません。
 
でも、それは、日本人にとって長い道のりです。
 
同じことを前提にしたグローバル化は侵略です。
 
それは、必ず失敗することは歴史が示しています。
 
ゴーンさんの言葉グローバル化アイデンティティの尊重は両立する。グローバルになることで、アイデンティティは強化される」とは、そういうことを言っているのだと思います。
 
日本人が日本をもっと知り自信と誇りをもつこと。
それをグローバルにしっかり発信すること。
違うことにコンプレックスを持たず、違いから学び合うこと。そして、お互いに成長しリスペクトすること。
 
そう書くと難しそうですが、みんな、外国人の友達とは自然にそうしてるんですよね。
 
そして、それはいいチームをつくったり、仲間といい仕事をしたり、いいマネジメントをするために必要なことでもあると思います。
 
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ヨーロッパで人間グーグルになる

ヨーロッパで担当していた経営企画という仕事は難しい仕事でした。
 
グローバル化が進んで、日本の本社のサポートをできるだけうけずに、地域の力だけで事業をできるようにすることがミッションでした。
 
当時のヨーロッパには、開発、生産技術、製造、調達、販売と自動車製造業に必要な機能はすべてそろっていました。しかし、それぞれ、特に開発や生産技術といった技術面では、まだまだ本社のサポートなしでは仕事がやれない状況でした。
 
それでも、自分たちの身の丈に合わせて、例えば、車のマイナーチェンジをヨーロッパだけでやれるようになることが求められていたわけです。
 
そのどこが難しかったのか?
 
当時、それぞれの機能のトップは日本人でしたが、その日本人を評価していたのは、トヨタモーターヨーロッパの社長ではなく、日本の本社の役員でした。
 
しかも、それぞれの機能は本社から各々のミッションを受けていました。
 
そこに、ヨーロッパの社長サポート部署として、地域で力あわせてやりましょうという話をしに行ったところで、
 
各々の機能のトップは、「俺の上司は本社の役員だ。ここの社長じゃない。本社から言われてることで忙しい」と言って全く取り合ってくれません。
 
そんな中、どうやって自分のいうことを聞いてもらえばいいのか?取り合ってくれなくても、何度も話をしにいって、どうしたら地域で自立的に一緒に取り組めるのかを聞きに行きました。
 
そんなことを続けていると、とにかくその人たちと、話ができる関係ができていきます。そのうち、頼まれごとをされるようになりました。
 
日常の仕事をするなかで、他の機能の協力が必要なことは必ずあります。でも、各々、親分は本社だと思っている人の寄り合い所帯だったため、お互いのことをあまり知りません。
 
だから、他の機能にお願いごとをしなければいけなくなると、僕を呼んで、「こういうことをしたいのだが、誰に頼めばいいかもわからないので、お前言っておいてくれ」てな感じで仲立ちを頼まれるようになったわけです。
 
そうやって、オフィスで仲の悪い機能の間を行ったり来たりしていると、
 
こりゃ、薩摩と長州を行き来していた坂本龍馬みたいだなぁ〜
 

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そして、
 
これって人間グーグルみたいだな〜
 
と思いました。
 
グーグルの検索ボックスに言葉を入れるみたいに、言葉を言う。「〜がしたい」
 
すると、それをするのに必要な人を知っていて、その人のところに行って、話をつなぐ。
 
結局、あの頃、坂本龍馬かやっていたことの価値って、そういうことで、それは何か新しくて難しいことをするときに、とても大事なことなんだと思いました。
 
そう思うようになると、難しい仕事が面白くなってきます。
 
各機能に対する貸しも少しずつふえていき、みんなも本音で教えてくれたり、困りごとを相談してくれたり、情報も増えていきました。すると、その中からみんなが一緒にチャレンジできる具体的なプロジェクトが見つかりました。
 
抽象的に地域で自立化しましょうと呼びかけても、動かなかった人も、具体的なプロジェクトとなると、一生懸命やってくれるようになりました。
 
その時、力をあわせて何かを変える、新しく始めるには、人間グーグルと具体的なプロジェクトが何より必要なことを痛感しました。
 
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目上の人をうやまうことは日本の美徳なのか?

一般に欧州の人たちは日本に比べて、目上の人を敬うという気持ちがありません。
 
目上の人を敬うことは日本の美徳ですから、そんな日本人からすると、欧州の人は徳が欠けるということになります。
 
会社でも、年齢は基本的に関係なく上司のほうが年下ということは普通にあります。
 
日本に年上の人を敬う文化が根付いたのは儒教が果たした影響が大きいという説もありますが、欧州で働いていた時、全く違う見方に気がつきました。
 
それは、社会は上下関係がなければ成り立たないということです。
 
社会が集団として何かを営む以上、そこには必ず命令する人と従う人、考える人と実行する人、というように多かれ少なかれ上下関係が必要になります。上下関係なしでなにかを集団でやるというのはまず不可能です。
 
なので、何で上下をつけるのがいいか、社会は何かを選ばなければなりません。
 
ヨーロッパでは、その代表的なものの一つが国籍です。
 
ヨーロッパと一口にいっても、たくさんの国の集まりです。そのたくさんの国の中で、やはり、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペインの5大国が他の国々よりちょっと偉い。
 
実力勝負の結果、そうなっているだけかもしれませんが、マネジャーポストを見ても、この5大国の人がほとんどです。国で差別するのはおかしいように思いますが、実際は、国によって教育レベルや歴史が全く異なるわけだから、あながち不合理なわけではありません。
 
一方、同じ国籍、民族が集まった国、日本。そこで、上下の区別をつけるものといったら、年齢ぐらいでしょう。
 
年齢による実力差は、都道府県出身による差より、明らかに大きいと思います。最後、実力の甲乙つけ難いという時には、年上の人を尊重するという判断も合理的だと思います。
 
日本における目上の人をうやまう文化は決して美徳なだけでなく、社会運営の必要上、生まれたルールでもあると思います。
 
もし、それが純粋に美徳だとしたら、日本人は、今日本にいるお年寄りを、国籍に関係なく、日本のお年寄りと同じように敬っているはずです。
 

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でも、実態は必ずしもそうではないように思います。
 
そして、今、ネット社会になり、情報があっという間にすべての人か同じように知ることができるようになると、社会のカタチが変わり、そもそも昔ほど、集団に上下関係が必要ない時代になりました。
 
最近の日本、目上の人を敬うという文化がうすれていってますが、それもまた避けようのないことなのかもしれません。
 
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日本の英語教育や英会話教室では英語を話せるようにならない。話せるようになるためのベストな方法。

日本の英語教育は間違っていると思います。
 
もし正しい教育なら、こんなに多くの日本人が英語が話せなくてこまることはなかったはずです。
 
では、何が間違っているのか?
 
日本の英語教育は解読技術を学ぶ学問になってしまっていて、言葉本来の役割であるコミュニケーションをするための教育になっていません。
 
漢語教育では中国語にレ点など記号をつけ加え、順番を日本語の順番に組み替えて読むことを学びます。
 
日本の英語教育もこのレ点発想になっています。
 
現在進行形や受動態という理解の仕方が、英語としては正確ではありません。そのことはこの前のコラムで書きました。
文型教育はレ点発想のオンパレードです。
 
例えば、 “It is difficult to ○○”を「○○するのは難しい」と訳します。
 
本来直訳すれば「それは難しい。何か?○○することが」となるはずなのに、日本の英語教育では、○○から、うしろから読むように教育してしまうわけです。
 
まさに解読です。
 
でも、実際の会話ではあらかじめ全ての文を見ることは不可能で、前から順番に聞くしかありません。なので、英語で話されることがさっぱりわからないということになります。
 
思えば、江戸時代は、「解体新書」などという蘭語で書かれた医学書をまさに暗号を解くかのごとく読んで学んでいたのですから、コミュニケーションの学問としてではなく、解読としての学問になってしまったのも当たり前かもしれません。
 
それよりさらに性質が悪いのが、英会話教室です。
 
そもそも学校であれほど英語を勉強しているのに、英会話教育なるものがビジネスとして成り立つこと自体、英語がコミュニケーションの学問になっていない証拠ですが、この英会話教育もまた根本的に間違っていると思います。
 
間違っている上に法外な授業料をとるのだから言語道断です。
 
特に外資系の英会話教育はひどい。
 
外資系の英会話教育の理論はきわめて単純で、母国語を使わずに習得したい言語をとにかく使って話していれば、そのうち話せるようになるというものです。
 
僕が会社から行っていた教室でも、日本語禁止。英語で話さなければいけませんでした。その話に外国人の先生が相づちを打つのですが、その相づちが
 
へぇ〜
 

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それ、日本語やん! ちょっと腹立ちました。
 
このノウハウは、何でも、赤ちゃんや子供が言葉を覚える覚え方をベースにしているらしい。しかし、残念ながら我々英語を学ぶ日本人は赤ちゃんではありません。
 
日本語という全く語順が異なる言語で頭脳がフォーマット化されているのです。
 
外国語のほとんどはフォーマット自体に大きな差はないので、とにかく話していれば話せるようになりますが、日本人の場合、一度違う形でフォーマット化されているので、フォーマットそのものを作り変えない限りどうにもなりません。
 
コンピューターのOSと同じです。この悲しさが外資系英会話教育の人にはわかっていない。従って、英語を話す機会をもつことは意味はありますが、それだけで、話せるようになるには、時間がすごくかかる。お金の無駄だと思います。
 
では、どうすればよいのか。
 
ひたすら音読、これにつきます。
 
既に何冊か音読メソッドを推奨する本が出ています。僕もそれを読み、そのとおりにして、やっと少し話せるようになりました。
 
ひたすら音読し、言葉の順番に読み、聞き、頭の中に英語フォーマットを刷り込む作業を繰り返すしかありません。
 
日本語と同じように、言葉を口にすると同時に、何を話しているかがわかっている状態で読めるようになるまで繰り返すのです。
 
覚えるのではなく、日本語を読むように、タイムラグなく意味がわかるようになるまで、というのがポイントです。
 
そのためには、最初のうちは100回、最低でも50回くらいは読まないとそうなりません。退屈ですが、それしかありません。
 
音読の教材はたくさんありますが、演説の音読がおススメです。その人になった気持ちで読みやすいからです。
 
キング牧師のワシントン大行進の時の有名な演説、I have a dream はそれこそ何度も読みましたが、読みながら感動して泣きそうになりました。
 
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英語と日本語の違いからわかったこと その3 サンキューとありがとうの違いと日本語が難しいわけ

感謝の言葉、英語ではThank you、日本語ではありがとう。
 
この言葉の違いは、欧米人と日本人のものの考え方の本質的な違いを現していると思います。
 
それは、人を独立した個人と考えるか、人との関係があってはじめて人になると考えるかの違いです。
 

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Thank youとは主語の"I"が省略されていますが、要するに「私はあなたに感謝します」と言っています。
 
これに対し、ありがとうとは「有難い」、つまり、あなたと一緒にいた時間や経験は、そうそうあるものではなく、とても貴重なことだったよと言っています。
 
相手に感謝しているというよりはあなたと私の関係に感謝しているのです。
 
だから、感謝の言葉を強調したいとき、英語の場合はThank you very much、「とても感謝します」とか「大変感謝します」となりますが、
 
日本語では「とてもありがとう」と言うとちょっと不自然な感じがして、「本当にありがとう」という方がしっくりきます。
 
この日本語の相手との関係性に関する言葉は他にもいろいろあります。
 
別れの言葉だってそうです。
 
英語だとGood bye、Byeというのは近い将来、そばという意味なので、直訳すると「いい時間を」となる。だから週末になると、みんなByeとは言わず、Have a good weekend!よい週末をと言います。
 
これが日本語になると、「さようなら」「左様なら」つまり、「あなたがそうならば」と言って別れる。あなたと私との関係を清算しているわけです。
 
これは言葉だけでなく、表現方法の違いにも表れます。
 
日本語における主語の省略がそれです。英語では主語を省略することは許されません。しかし、日本語では主語はしばしば省略されます。
 
日本人は人が人とつながって人になると思っているので、会話の中で、「私は」という必要はない。むしろ「私は」といちいち言うのは不自然で、「私は」と言わなければいけないのは「私は違う」と言わなければいけない時に限られます。
 
このことは、チームワークの考え方の違いに現れます。
 
日本におけるチームワークといえば、全社一丸でしょう。みんなが自分をすてて、一つになり、全社一丸となります。
 
欧米のチームワークは違います。彼らもスポーツの団体競技などで、チームスピリットと言うじゃないかって言う人もいるかもしれません。
 
でも、欧米のチームはメンバー一人ひとりに役割が配分され、その役割を果たすことがチームワークであって、
 
日本人がイメージするような、みんなが一つになるという精神的なことではないと思います。人との関係のとらえ方が本質的に違うのです。
 
このことが如実に現れているもう一つの例が敬語と一人称です。
 
日本人は人は人とつながって人になると考えるので、その関係によって自分の呼び方が変わります。
 
この間、日本に1年間日本語の勉強のために、一旦仕事を離れて日本にホームステイしている外国人が久しぶりに遊びに来たことがありました。
 
片言ではあるものの、多少日本語を話せるようになっていましたが、何が一番難しいか聞いたところ、敬語が難しいと言っていました。
 
それもそのはず。欧米の人には、人との関係によって、物事のありようが変わる、関係によって自分が変わるということが理解できないのだと思います。
 
尊敬語、丁寧語、謙譲語と普通の表現の区別をつける関係性の違いが認識できないのかもしれません。
 
敬語と同じように関係性によって、表現が変わるのが一人称・二人称です。たまたまYOUTUBEで日本語教室を見つけたのですが、これが面白かった。一人称の使い分けについて、コミカルに日本語の上手な外人が解説するビデオでした。
 
英語では、自分を表す言葉は"I"だけです。これが日本語となるとすごい種類になります。僕、私、わたくし、自分、わし、おれ、実際に日本語には自分を表す言葉が32とおりもあるらしい。
 
これが二人称でも同じように、君、あなた、貴様、おまえ、とたくさんあります。
 
こうしたたくさんの種類は全て相手との関係、その場の状況によって使い分けられます。
 
こうしたことは、"I"しかない英語ではありえません。自分は常に自分なわけだから、その絶対的な自分を表す言語が状況によって変わるなどということは、考えられないに違いありません。
 
このような違いから、日本ではフェイスブックは流行しないと思っていました。フェイスブックでは、常に実名で、自分が変わることがないからです。
 
しかし、実際には、フェイスブックは日本でもすっかり浸透しました。これは、日本が欧米化してきたことの証しのようにも思います。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt