キムライフ

もらったものは次の人に渡す。トヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

マイルスデイビスが教えてくれる自分の変え方、つらぬき方

人から見られている「自分」、自分が思う「自分」、行動がつくる「自分」を書いてきました。
 
今日は、僕が大好きなミュージシャン、マイルスデイビスから学んだ自分の変え方とつらぬき方を書きたいと思います。
 
マイルスデイビスは、最も有名なジャズトランぺッターであり、作曲家であり、バンドリーダーです。ジャズって少しマイナーなので、ご存じない方もおられるかと思いますが、数々の新しいジャズのスタイルを創り続けた本当にスゴイ人です。
 
彼は1926年生まれで1991年65歳で亡くなるのですが、18歳の頃、ジャズのビバップ革命に参加、その後、ハードバップ、モードジャズ、フュージョンと、ジャズの新しいスタイルを創り、ジャズ界をリードし続けました。
 

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さらに、その間、新しい音楽を創るだけでなく、たくさんのミュージシャンが彼の元で育ちました。有名なジャズミュージシャンのほとんどは彼が関わったといっても過言ではないほどです。
 
ジャスで新しいスタイルを築く人はいるのですが、彼のように新しい音楽をつくり続け、人を育てた人はいません。なぜなら、彼以外のミュージシャンは一つのスタイルを一人で創り、一人で極めて終わり。次の新しいものを見つけ出せず、マンネリに陥ったり、自ら命を絶つケースがほとんどだからです。
 
では、なぜ、マイルスだけがそうならなかったのか?
 
その秘訣を、彼の自叙伝の中で見つけました。彼はこう語っています。
 
「40代くらいから、自分には本当のクリエイティビティはなかった。ただ、何をしたいか、その方向性がはっきりわかっていて、それをするために必要な才能を判断し、集めることはできた。方向性を定め、正しい人を集めれば、必ず何かが起きた」
 
これを読んだ時、なぜ彼だけが、新しいものをつくり続けられたのか、なぜ、人を育てることができたのか、少しわかった気がしました。

 

マイルス・デイビス自叙伝〈1〉 (宝島社文庫)

マイルス・デイビス自叙伝〈1〉 (宝島社文庫)

 

 

でも、まだわからないことがありました。その頃の演奏では、マイルスは、ほとんど演奏しません。集めた人に演奏させるだけ。なのに、なぜか彼の音楽に聞こえる。それがとても不思議でした。ある日、そのことを知り合いのトップジャズギタリストの方に質問したことがあります。その方はこう教えてくれました。
 
マイルスは、みんなの演奏に、ちょっと落書きをする。そうすると、演奏が彼の音楽になるんだ。
 
落書きは何かのルールに基づいてするわけではありません。思いのままに書くのが落書きです。だから、落書きは落書きをした人にしか書けない。そんな落書きを全体の演奏に付け加えることによって、まるで、化学反応のように、音楽の響きがマイルスの音楽になる。かっこいいなぁと思いました。
 
新しい力を見つける力、新しい力をひきつける力、新しい出会いと共に生きる力と変わる勇気。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt
 
マイルスデイビスのアルバムはほとんど持っていますが、まず聞くならやっぱりこれ。
カインド・オブ・ブルー+1

カインド・オブ・ブルー+1