キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去のトヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

英語と日本語の違いからわかったこと その2 なぜヨーロッパの街には看板が少ないのか?

アルファベットと漢字。言葉を表す記号ですが、アルファベットは表音文字、組み合わせで音を表す記号、漢字は象形文字、形でモノを表す記号です。
 
仕事をしていて、気がついたのですが、この言語記号の根本的な違いがいろんなところに影響しています。
 
その一つが資料の文字の多さと小ささです。
 
欧州の人たちがつくる資料はやたらに文字が多くて小さい。
 
主語とか省略が難しいし、一言を表すために必要な文字数も多くなるので、文字が多くなるのですが、理由はそれだけではありません。
 
資料をよくみてみると、実は資料がしゃべっているのです。
 
考えてみれば当たり前のことで、アルファベットは表音文字だから本来しゃべる文字です。だから、資料もしゃべろうとする内容をそのまま記述することになります。したがって、言葉が増える。
 
一方、漢字は象形文字なので、資料は見せようとします。日本では一目で見てわかる資料を作れと指導されます。
 
しかし、アルファベットではそもそも一目見てわかるということは有り得ない。読まないとわからない。だから、英語の資料で同じように一目見てわかる資料をつくるというのは、かなり難しい。
 
英語の旅行ガイドブックは、現地に近いだけあって、ヨーロッパの情報が日本のガイドブックより、はるかに充実しています。でも、日本人にとっては物足りない、あるいは使いにくい。
 
英語の旅行ガイドブックは日本のガイドブックと違って、ほとんど写真がないのです。
 
カラー写真となるとほぼ皆無。ページを開くと、延々と文字が続きます。旅行のガイドブックなんて、実際に行くところを紹介する本なのだから、写真は必須だと思うのですが、それがありません。
 
こうした本ですら、著者が旅行先について見せずにしゃべるんだと思いました。
 
このことを欧州の人に話したら、文字は写真に比べて場所をとらないので、写真をのせずに文字をのせた方がたくさん情報を提供することができる。
 
例えば、りんごの写真を使わなくてもAppleと書けば、必要な情報の提供は可能じゃないか、だから言葉で伝える方がいいじゃないかと反論されました。
 
言われてみると確かにそうかとも思いますが、やっぱり行ったことのない場所の写真は見たいと思います。
 
ほかにもあります。看板です。
 

f:id:y314t923:20190310073314j:plain

 
漢字を使う国々はやたらに看板が多い。街の景観を台無しにするほど看板が街に溢れていいます。
 
それに比べて、欧州は看板が少ない。景観を守るための条例があるのかもしれませんが、そもそもアルファベットはしゃべる文字で見せる文字ではないから、看板にはなじまないのではないか。街中に看板がたくさんあって、べちゃくちゃ話されてはうるさくて仕方ありません。
 
あともう一つ。テレビのバラエティ番組でのテロップ。
 
日本のTVバラエティ番組では、ほとんどの番組でタレントが面白いことを言うと、その言葉のテロップがでます。
 
欧州のテレビでは見たことがありません。
 
あるとすれば、セサミストリートなど幼児番組ぐらいのもので、こちらの人にとって、人が話している内容をテロップで流すなどということは、幼児あつかいされているようなものなのだと思います。
 
マンガが日本で発達したのも、同じ理由だと思います。
 
とにかく文字に対する感性がまるで違う。
そういえば、「見る」という言葉、日本ではたくさん使います。
 
「資料をみる」「街をみて回る」
 
いずれも英語に訳すと「みる」にはなりません。”Read a document” “Visit a town” ’それぞれ言葉があります。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt