桜が咲き始めました。桜の花は大好きです。本当に美しいと思います。
名古屋だと、山崎川の夜桜、ちょっと遠いですが、樹齢1000年の根尾の淡墨桜、山全体が桜に染まる高遠さくらなど、桜の名所がたくさんあります。
桜の名所でなくても、街中いたるところに桜並木があって、これほど、そこかしこに同じ花が咲き乱れる国はありません。
つくづく日本人は桜が好きなんだなあと思います。
と同時に、桜は日本人の独特なものの考え方に大きな影響を与えていると感じます。
それは、日本人は、
ものを「変わりゆくもの」と考えるということです。
日本人は、咲いた後すぐ散ってしまう桜、真っ赤に紅葉して散るもみじ、侘びさびの陶器など
移り変わりを感じさせるものを美しいと感じます。
また、地震や台風といった自然災害が多く、家や街が崩れたり流されたり、木造の建物が多く、火事で焼けてしまったり、そんな環境で暮らしている。
そうした中で、古典、平家物語の「盛者必衰のことわりをあらわす」とか、方丈記の「行く川のながれは絶えずして、本の水にあらず・・・」のように、すべてのものは変わっていくという考え方や自然におそれをもつ考え方をもつようになったのではないかと思います。
昨今のパワースポットブームも自然に恐れを感じる国だからこそです。
一方、欧米人は、ものを「変わらないもの」と考えます。
そして、
自然をおそれをもつものというより、人の力で変えられるものと考えるように思います。
欧州で最も人気のある花はバラです。
バラは一年に2回咲きます。最後は散りますが、桜に比べれば長く楽しむことができる。
そして、いろんなバラをかけあわせることで、本当にたくさんの種類のバラを人がつくりだしています。その種類は10万種類以上だそうです。まるで、バラは自然を自由に変えられる人の力を示すかのようです。
地震や台風はほとんどありません。古くからある石造りの家がなくなることがありません。火事で家が焼け落ちるなんてこともありません。
三匹のこぶたが建てたれんが造りの家は地震が来たら、イチコロでしょう。
欧州で、プラトンやアリストテレスのように真理を追求し続け、いろんな哲学が生まれたのも、ニュートンやアインシュタインがあらわれ、理論を追い求め、科学が進歩したのも、ものごとを変わらないもの。自然を変えられるものと思う考え方に一因があるように思います。
こうした違いのなかでも、最も象徴的なものが、「自分」ではないかと思います。
英語では、どんな時も、誰といても、自分は変わらず「I」です。一方、日本では、自分を表す言葉がたくさんあります。自分、僕、俺、私、わたくし、おのれ、、、、一説には20数種類あるそうです。日本では、自分自身すら、状況に応じ移り変わるものになっています。
だから、日本という国、日本人は変わる能力が高いのではないか?
明治維新の後の日本、太平洋戦争の後の日本。驚くほどあざやかに、したたかに日本は変わり、今の豊かな日本があります。
変わるとは、言い方を変えれば学ぶこと。
毎年、咲き誇り、美しく散る桜をみて、日本人は変わる力、学ぶ力を知らず知らずのうちに身につけているのかもしれません。
桜とバラ、どちらも美しい花ですが、何を美しく感じるかで人の考え方や強みはずいぶん変わる。いろんな美しいものを見ることは、人を成長させてくれます。
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt