キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去のトヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

感動のベンチャーストーリー 吹雪に連なるヘッドライト

これはベンチャー企業ではなく、トヨタの話です。
 
トヨタもまたスタートはベンチャー企業でした。創業時、日本人の手で国産車をつくるなんて、誰もが無理だと思ったことを実現しました。その様子は最近放映されたドラマLEADERSを見るとわかります。
 
この話は、その頃の話ではなく、
 
トヨタが初めてアメリカにつくった工場、ケンタッキー工場の話です。
 
初代工場長は張さんです。ケンタッキー工場は、トヨタが本当のグローバル企業になるためのスタート、いわばベンチャーだったように思います。
 
トヨタは、日産やホンダにくらべ、工場の海外進出が遅れました。
 
それは、トヨタ生産方式が海外ではできないという意見が強かったからです。理由はいろいろあったと思いますが、大きくは二つ。
 
一つは、系列の部品メーカーがいないこと。
 
トヨタ生産方式では、有名なカンバン方式で、部品メーカーが必要なものを必要な分だけ必要な時に納入することが求められます。それがアメリカでできるか?
 
もう一つは、工場で働く人たちに改善を求めること。
 
創意くふう制度が有名ですが、トヨタでは工場のラインで働く人たちが現場の改善をします。そして、何か問題があったら、工場の人がラインを止めて、みんなで解決します。
 
これが海外では考えられないことでした。海外の仕事にはすべてジョブディスクリプションというどんな仕事をするのかを明確に示す書類があります。
 
給料はその決められた内容に対して払われるので、工場の人たちは書かれている通りのことをすることが求められ、それ以上のことをすると叱られます。改善なんかしてはダメ。ましてや、ラインを止めるなんてもってのほかです。
 
しかし、日米構造協議で輸出の自主規制が始まるなかで、工場進出は避けられなくなります。そして、
 
社運をかけてつくった最初の海外工場がケンタッキー工場でした。
 
実際に進出して、一番苦労したのは人づくりだったようです。
 
長年染みついた文化のようなものですから、それを変えるのは難しい。特に、ラインを止めることが難しかったと言います。その都度、張さんが問題のラインまで言って、ラインを止めるようにお願いしたそうです。
 
そうやって、ようやく工場が軌道に乗り始めます。そんな時、
 
ケンタッキーに大雪が降ったことがありました。
 
みんなクルマ通勤で、雪が降ると、いつもは30分でこれるところも2時間くらいかかります。工場で働く人たちが夜勤の時間にはとてもそろわない、夜勤の稼働は中止だなと話し合っていたそうです。
 
ところが、そうやって話し合っていた時、
 
会議室の窓から、雪が降りしきる道にクルマのヘッドライトが延々と連なるのが見えたそうです。
 

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工場の人たちは、工場をとめてはいけないといつもより早く家を出て工場に向かっていてくれたのです。
 
その日、工場は無事、夜勤の操業をすることができました。
 
この時、張さんはトヨタ生産方式が浸透したこと、世界に通用することを確信したそうです。
 
その後、ケンタッキー工場の成功をうけて、海外工場が次々と立ち上がり、トヨタは大きく成長することとなりました。
 
人の考える力を尊重し、知恵を信じ、あらゆる人に改善を求める。求められる人たちは、自分が言われることだけをするのではなく、自分の改善で役に立つことができる。そのことにいわば
 
自己実現の喜びを感じることができる。そこに、トヨタ生産方式の本当の強さがあるのだと思います。
 
そして、初の海外工場進出が成功し、トヨタ生産方式が世界に通用することに気づけかせてくれたのは、社運をかけるというベンチャースピリットだったと思います。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt