キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去のトヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

おもてなしとラグジュアリー

おもてなしというと、礼儀作法やお客様のために尽くす姿が目に浮かびますが、以前書いた高級料亭京都吉兆の社長さんに教えていただいた話は少し違います。
 
おもてなしとはつくすことではない。
 
つくすばかりでは、お客様はそれが当たり前となったり、かえって負担に感じたりして、心地よい気持ちにはなれない。
 
本当のおもてなしは、お客様と対等に接し、お客様が本当の自分、素の自分のままでいられる安心感、安らぎを感じてもらえるようにすることだ。
 
そういう話です。
 
人はいろんなことを背負って生きています。その人が、その背負ったものを全て下ろして、素の自分にもどれる時間は、かけがえのない時間です。
 
何も言わなくても自分のしたいことがわかってくれている。その事実から、本当に自分をわかってもらえている安心感を感じ、まるで赤ちゃんのように素直にいられる。だらしなくしたり、弱音をはいても、とがめられることも、見下されることもない。すべてを受け止めてくれる時間。
 
成功した人、成功してお金持ちになった人には、成功や財産を失う不安、沢山の従業員を支える責任感など、ものすごいストレスや恐怖感が襲いかかります。
 
だから、成功した人ほど、時にはそこから解放されて、素の自分にもどりたいと思うに違いありません。
 
茶道は人をそんな素の自分にもどしてくれる本当のおもてなしの原点です。
 
織田信長豊臣秀吉徳川家康、戦国時代をいろどった三代英傑は茶道を好みました。
 
戦さの毎日が続いた三代英傑のプレッシャーやストレスはとんでもなく大きかったに違いありません。茶道は、そんなプレッシャーから自分をときはなち、素の自分にもどしてくれる。だから、3人とも茶道にはまったのではないか?
 
そして
 
だからこそ、最後に、千利休は秀吉に殺され、織部は家康に殺されたのではないか?
 

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秀吉も家康も、日本を制覇して、日本一えらい人になったとき、そんな自分を素の自分にしてしまう茶道の達人はある意味自分よりえらい唯一の人になる。時には弱音をはくような自分、人には言えない秘密まで知っている人になる。
 
そう感じたから、二人は茶道の達人を処刑してしまったのではないか?
 
おもてなしを極めると殺されるとは、なんだか不思議で皮肉ですが、そうしたくなるほど、茶道の達人のおもてなしがすごかったのではないかと思います。
 
究極のおもてなしは、成功した人たちこそが求める最高のラグジュアリー、そして、おもてなしの達人とは、時には殺したくなるくらいその人をさらけ出し、裸にしてしまう人と言えるように思います。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt