キムライフ

もらったものは次の人に渡す。トヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

茶道のおもてなしのようなクルマ。人間中心の技術。human centered

レクサスが大事にする価値観、行動理念は3つあります。二律双生の話はしました。
 
あと2つ。それは人間中心、human  centered と挑戦心、pioneerです。pioneerはとってもわかりやすいので、人間中心の話をしようと思います。
 
人間中心とは、技術と人の関係を人中心にするという意味で、人間を一番に考えるのとは少し違います。
 
そもそも人は自らの欲望を満たすために、様々な技術をつくってきました。
 
気持ちを伝えるための言葉、モノを切るための石器、歩くための靴、情報を伝達し記録するための文字、
 
古くから、技術は人の能力を拡げてくれました。
 
その後、技術が発展し、産業革命の頃になると、技術は大きく進歩します。技術は必ずしも人の能力をひろげるだけでなく、
 
技術の能力が高くなるにつれ、人間性と相反する側面も持つようになりました。
 
チャップリンのモダンタイムズという映画では、人が大量生産の工場機械に振り回される姿が描かれています。
 

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車は人の移動する能力をひろげる技術です。
 
その車もまた性能が上がれば上がるほど、人がコントロールしきれないモノ、逆に人が振り回される技術にもなり得ます。最近急増する高齢者の事故はその一つのあらわれです。
 
車のブランドにはスーパースポーツカーのように、とにかくすごい高性能、高性能だけに乗りこなすのは普通の人には難しいような車をつくるブランドもあります。
 
そんな高性能の車に乗る喜びは、まるで荒馬を乗りこなすように、人が技能をみがいて乗りこなす喜びでしょう。
 
ただ、そういう車は技術中心で人間中心ではない。
 
一方、レクサスが目指すのは、どれほど技術が進歩しても、乗る人の技能にあわせて、乗っている人が、まるで自分と車が一体になって、自分の運転が上達したように感じることができる、そんな技術です。
 
前に書いたお釈迦様の話があります。
 
荷物をのせた重いリアカーを引いて歩く男がぬかるみにはまって抜け出せなくなってしまいます。何度もがんばってリアカーをひっぱるのですが、もうちょっとのところで抜け出せずあともどり。
 
今度こそと思ってひっぱって、ほんとにもう少しというとき、それを見ていたお釈迦様がその人が気づかないくらいにそっと押してあげます。
 
男は自分の力で抜け出せたと喜んで、先に進んでいくという話です。
 
実は今のクルマはそんなふうに、人が気づかないように人の運転をサポートする技術が満載です。
 
クルマが横すべりしないようにするとか、曲がるときひろがってしまわないようにするとか、
 
運転してる人をお釈迦様みたいに手助けしています。
 
そんなクルマは少し茶道の達人がいる茶室にも似ています。
 

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クルマは小さな部屋です。茶室と同じように頭を下げないと入れないせまい空間です。

 
その誰もいないせまい空間のなか、自分のことをわかってくれているという安心感で自分を素の自分にもどらせてくれる。
 
クルマを運転することで、いろんなことを忘れて、日常の自分を解放してくれる。
 
人間中心の技術は、究極のおもてなしです。
 
これからAIが進歩すると、人間は機械に支配されるのでは?といわれていますが、AIも究極のおもてなしのための技術になるといいなと思います。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt