キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去のトヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

必死のコミュニケーションその2 セレモニーの意味。楽しみ方。使い方。

セレモニーって、いろいろあります。結婚式、お葬式、入学式、卒業式、周年行事、社員大会、定例会議………
 
そうしたセレモニーに出ると思うこと。
 
だいたいセレモニーは、主賓と言われる人の挨拶がある。そして、乾杯、あとは、歓談があって、締めの挨拶で終わる。
 
で、たいていの挨拶はあんまり誰も聞いていない。自分も話す立場も聞く立場もしたことがありますが、話す立場になると、それはセレモニーの大事な挨拶ですから、一生懸命考えて、一生懸命話します。
 
きっとみんなここで話したことって覚えてないんだろうなぁと思いながらも、一生懸命話す。
 
聞いている方は、一生懸命聞いている人もいるけど、聞いてない人もいる。でも、まじめにはしている。
 
明治時代、外国の人をお迎えするセレモニーにはとても力をいれていたそうです。鹿鳴館という西洋の大きなお屋敷をたてて、がんばってフランス料理でおもてなしをしました。
 

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外国からの要人のおもてなしで自国の料理でおもてなしをしないのは日本だけだそうです。
 
明治時代、力をいれたセレモニーって、こういうセレモニーができる国ですよというアピールだったり、証明だったりしたのでしょう。
 
それってあらゆるセレモニーの本質のような気がします。
 
挨拶は挨拶の内容よりも、どんな人が挨拶をしてくれるのか?その人はきちんとおごそかな気持ちで話してくれるのか?をみんなは聞いている。だから、聞いていないけど、まじめに聞いている。
 
そして、何年もたった式典だったりすると、式典に参加する人の数が増えたなぁとか、こんなりっぱな場所でできるようになったなぁとか、こんな人がきてくれるようになったんだなぁとか、そういうことを感じて、その場を味わっている。
 
そして、その味わいの中には、過去のいろんな思い出や、今一緒にいるメンバーや、これからの未来がぜんぶつまっている。
 
いつもの定番の流れの中で、すこし今の現実が語られるまじめな挨拶は、最高のBGMのように、なんだかみんなを安心させて気持ちを特別なものにする。
 
セレモニーの意味ってそういうもんなんだろうなぁ〜。それも昨日書いた人に何かを伝える伝え方の一つなのではないかと思います。
 
だから、話す人はみんなが話をどうせ後で忘れちゃうなんて思うけれど、聞いている人たちが、どんな思いでいるのかを想像しながら、自分もその時を味わう。
 
参加している人みんなが、そんな風にしていることができるセレモニーって、最高に素敵だなぁと思います。
 
その一方で、セレモニーの安心感はなにも変わらないと思わせるリスクもある。
 
だから時にはそんなセレモニーを大きく変えたり、やめたりすることは、逆に何かを大きく変えなければいけないというメッセージを伝えるとても強い方法にもなると思います。明治時代の鹿鳴館はまさにそのためのセレモニーだったと思います。
 
セレモニーは人の気持ちをつくる。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt