キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去のトヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

頭でつくらない。こころでつくる。

この間行った料理屋さんは創作料理のお店。盛り付けも美しいし、味もわるくない。とてもいいお店でした。でも、ひとつ感じたことがあります。
 
この料理、頭で考えてつくったな。
 

f:id:y314t923:20191109084630j:plain

 
とにかくすべての料理がこっているのです。いろんな食材かミックスされています。それは普通なら一緒にしないもの、たとえば魚にぶたのスープをあわせたり。
 
こうやって書くと、えっ?って思いますが、食べてみると思いのほかおいしい。
 
ちょっとかわった味で、おどろきもある。でも、なんだか感動しない。
 
それで、思ったんです。これは頭でつくったなと。
 
これは自分が曲を書いていた経験から感じていたことです。
 
曲をつくりだしたころ、最初は自分が感じるままにカッコいいとか美しいとか感じるメロディを書いていました。
 
でも、つくる人としては、ただ感じたとおりにつくるだけだけではあきてくるのです。
 
それで、何か新しいものをつくりたくなって、いろんなタイプの曲や流行の歌をきく。そして、いいなと思うものがあると、よし、たとえば、今度は日本固有のテイストをいれた曲をつくろう!なんて思ってしまう。
 
で、日本独特のメロディラインやハーモニーをとりいれてつくる。できた曲をきいて、おっ!なかなかいいのができたぞと思います。
 
ところが、何年か後に自分の曲を聴いてみると、そのがんばってつくった日本テイストの曲はあんまりいいとは感じられない。
 
頭でつくった曲はどこかに不自然さや不正直さがにじむ。それに対して、最初の頃、素直につくっていた曲はまっすぐな感じで、今でもいい曲だと感じられる。
 
このことは、僕のような素人はもちろん、プロのミュージシャンでも同じ気がします。だいたい、4作目くらいから、曲があやしくなる、頭でつくるようになることが多いのではないかなと思います。もちろん、4作目以降もすばらしい作品をつくりつづけたミュージシャンもいます。でも、失速してしまうミュージシャンもいる。
 
昔、企画は心でするという話を書きました。
 
結局、人の心を動かすのは頭ではない。頭で動かせるのは頭。心を動かせるのは心なんだと思います。
 
そして、頭が動いてかわるのは知識。心が動いてかわるのは行動。
 
これは仕事でもそうだと思います。
 
つねに純粋に心をこめること。仕事もまず心でする。頭はそのあとつかう。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt