キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去のトヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

うしろ姿をみるのが好き。「離見の見」

うしろ姿をみるのが好きだったことを思い出しました。
 
屋久島を案内してくれたガイドさんがうしろ姿の写真を撮るのが好きだったからです。
 
むかし家族で旅行に行ったとき、僕の前をなかよくならんであるいている家族のうしろ姿をみるのが好きでした。
 

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子供がまだ小さいころ、夏休みに軽井沢へ旅行に行って、とまっているペンションにむかってみんなで歩いていたとき、なんとなく5メートルくらいおくれて家族のうしろ姿をみながら歩く。
 
みんながしあわせそうに歩いている姿を見ていると、それが自分のごほうびのように感じられる。
 
ながい時間をいっしょにいて、いろいろあるけど、そのつどがんばって、相手も同じようにがんばってくれて、今の時間がある。だから、
 
自分の成果のようにも感じられる。
 
その景色に自分はいないのにさびしくない。ひとりぼっちに感じない。そんな気持ちは心かからだのどこかにのこって、だから、いっしょにいないときにも、ずっといっしょにいるみたいに感じることができる。
 
目にうつる家族にも今のような時間がつづいて、明るい未来や希望があるように信じられる。
 
なんだか時間も空間もこえて永遠の一瞬に自分がいるみたいな気分になります。
 
だから、ずっとながめていたくなる。自分をながめたり、自分のことを考えるのではなく、なにも考えずに相手のうしろ姿をしずかにながめる。あるいは、空の上から相手と自分をながめているような感じ。
 
能の言葉に「離見の見」という言葉があります。
 
能の演者は自分の演技を自分から離れた客観的な目線で、あらゆる方向から自身の演技を見るように演技しないといけないという意味です。逆に自己中心的なせまい見方を「我見」といい、能では自己満足的な見方としていさめています。
 
きっと「離見の見」って、こんな感じなんだろう。
 
ほんとにしあわせな時や充実している時ってそんな風に相手や自分を見ることができる時なのかなって思います。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt