テニス仲間でヒルクライムというひたすら山を登るサイクリングレースをしている友人がいます。
テニスをしたあと休んでいる時なんかに、ときどきしてくれるサイクリングの話を「おもしろい、おもしろい」といいながらよくきいていました。
なんでも、僕のブログに刺激をうけて書いたそうです。自分がやってきたことを残しておきたいという気持ちは誰にでもあるのかもしれません。
その友人は40才後半で趣味でサイクリングをはじめ、欧州駐在で自転車が国技のベルギーへ。そこで自転車にどっぷりはまることになります。その後、日本にもどってから、チームにはいって、サイクリングにさらにはまり、3年前にヒルクライムレースにはじめて参戦。
ヒルクライムレースというのは、富士山とか、乗鞍岳とか高い山を自転車でひたすら登るタイムレースです。止まりそうになるような坂を自転車で登っていくこの競技は、とんでもなくきついスポーツ。だけど、その分アドレナリンもでまくるから、また走りたくなる。それから
会社への行きかえりも自転車、テニスするときにも足に重りをつけてやります。それだけでもすごいなぁと思っていたのですが、送ってきてくれたレポートを読むと、トレーニングの内容はそれどころではありませんでした。
でも、トレーニングと減量のやりすぎで調子をくずし、チームの師匠にこういわれます。
本当のトレーニングとは極限まで追い込むこと。限界を超えてはじめてパフォーマンスがあがる。
トレーニングは量より質。意識がもうろうとするくらい追い込めば、一日一回で十分。
それで、トレーニング内容を変更。1時間平均脈拍数170の状態でローラーバイクをこぎ続けるという見ている人が心配になるくらい過酷なトレーニングをつづけ、今年のレースで仲間の声援をうけながら自己ベストを更新、50代愛知県選手で一番になったそうです。すごいと思います。
愛知県1位になるためにそれだけ自分を追い込まなきゃいけないとすると、
卓球の平野選手のように世界一をめざしてがんばっている人は、どれほど自分を極限まで追い込みつづけなければいけないのか?
それはちょっと想像を絶します。
平野選手が「足らなかった」といったのは、そういう極限、限界を超えつづける競争にまけたということを言ったのかなと思います。
その友人がそのレポートを添付して送ってきたメールには
普通の会社員でも仕事以外にチャレンジできるものがあれば、
人生にやりがいや人との出会いが広がるすばらしさがある
ことを伝えたかったという感じです。
と書いてありました。
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt