キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去のトヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

決断は努力に先だつ

NASCARドライバーの古賀さんと仕事の縁で、いろいろとたのしくお話をうかがうことができました。
 
日本ではあまり知られていませんが、NASCARはアメリカでもっとも人気のあるモータースポーツです。
 
アメリカ6大スポーツの一つで、その人気はアメフトの次、バスケットボールをうわまわると言われています。他のスポーツとの最大の違いはドライバーのほとんどがアメリカ人、しかも白人であること。
 
そのなかで古賀さんは唯一の日本人ドライバーとして活躍されています。
 

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1月から11月の長いシーズンで、シーズン中はお酒は飲まれません。生活が乱れるからだそうです。食事も粉もの、揚げ物は禁止。レースドライバーの厳しさがよくわかります。
 
最高速は時速300キロ以上。壁のようなオーバルコースのバンクを駆け抜けていきます。一度そこでクラッシュした時には、奇跡的に助かったのですが、頭蓋骨の中の脳みそがかたよってしまい、2週間ほど完全に記憶喪失になってしまったそうです。すごい世界です。
 
古賀さんは42才、レースドライバーとしてはかなりのベテランです。
 
才能がない人間が長くプロでいるために必要なことは準備。
 
日頃の準備をおこたらないことが大事で、お酒を飲まないのもそのひとつ、そのほかストレッチやトレーニングもかかさないとのことでした。
 
その古賀さんはなぜレーサーになったのか?
 
幼稚園の年中組、
 
5歳のときにはレーサーになりたいと思っていたのではなく、レーサーになると決めていたそうです。
 
国道沿いにあった家の向かいにモータースポーツショップがあり、そこにはレーシングカーがおいてありました。その車に心を奪われ、本はオート雑誌にしか興味なし。憧れは日本人初のF1ドライバー中嶋悟
 
その5歳のとき、逆算でレーサーになるためには何をするかを考えます。
 
レーサーの道はカートから。そして、カートを始められるのは中学生からです。家が貧しかったので、自分のお金でカートが始められるように、小学四年生のときから200万円をためるために新聞配達を始めます。当時、小学校はバイト禁止です。禁止する先生に「スーパースターになるためにやっている。この小学校からスーパースターが生まれたらうれしいはずだ」といって説得。OKしてもらいます。
 
新聞配達してた時も、レースの練習です。
 
天気や道路の状況によってタイヤの空気圧をかえたり、新聞をつむ場所を調整したりして、早く配達できるように考えて自転車に乗っていたそうです。
 
古賀さんいわく、ある意味気が狂ってる。
 
とにかく、レーサーになるためにつねにチャレンジの連続。ときに失敗はする。でも、目指すものはかえない。
 
子供に「どうやったらレーサーになれるんですか?」と聞かれると、
 
「そう聞くあなたはなれない。まずなると決める人しかなれない」と答えるそうです。
 
レーサーなんか温暖化にはわるいし、人が生きるために役に立つわけでもない。それでもそれをやるっていう人は、ある意味自分本位。きれいごとではなれないんだと古賀さんは言います。
 
自分本位だけど、自分に嘘はつかない。つねに本気で、自分を信じて、がんばる。
 
そんな話を聞いていて、こう思いました。
 
ボクサー井上尚弥選手は努力は天才に勝ると言いましたが、その前に井上選手もしていたことがあります。
 
決断は努力に先立つ。
 
古賀さんは大の矢沢永吉ファン。めちゃくちゃ歌もお上手です。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt