キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去のトヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

今年をふりかえって「人が死ぬということ」

今年9月、母親がなくなりました。
 
亡くなってすぐにブログに書く気にはなれませんでしたが、時間もたって今年ももうすぐ終わる今日書きたいと思います。
 
大腸がんでした。がんになって、入退院をくりかえし、最後は自宅介護で約3年間の闘病生活をおえました。その間、自分自身は実家からはなれていたため、面倒は父と妹がみてくれました。
 
身近な人の死を経験して、「人が死ぬということ」について考えました。
 
同時にそれは「生きること」を考えることでもありました。
 

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人が死ぬということは変化がとまるということです。
 
人の体は変化しつづけています。
 
半年に一回、細胞はすべていれかわります。そのために人は食べます。人は生きていれば誰かにであい、新しい知識も得る。それによって、
 
人の知識や考え方も変化します。
 
そして、
 
その人が人からどう見られるかも変化します。
 
死によってそのすべての変化がとまる。
 
むかし、上司の自殺の話を書きました。
 
自殺にはいろんな理由があると思いますが、理由のひとつには、人から見られている今の自分を確定させたい、変化して孤独になることをさけたいという気持ちがあるのではないかと思います。だから、すごくみじめでつらい状況にいる人でも、まわりの人たちがわかってくれている状況、ともにがんばっている状況では、人は自殺しない。
 
たとえば、全員絶望して自殺してもおかしくないような生き地獄、アウシュビッツ収容所では自殺した人もいたようですが、多くの人が自殺することにはなりませんでした。最も過酷な生活となる戦争中の自殺率はとても低くなります。
 
母親が亡くなって、自分の中の母親も変化することをやめました。
 
自分の母親は家族葬でしたが、死んだ母親をみて、
 
いつもにこやかでやさしい人だったと思いました。
 
母親との思い出を思い出そうとするとにこやかに笑う笑顔と、何があってもおこらず許してくれた母親しか思い浮かびませんでした。母親はとてもやさしい人としてこれからも変わらず僕の心の中にあるでしょう。
 
逆に、生きるということは変わるということです。
 
だから、変わる意志をなくしたとき、人は老けはじめる。生の力が弱くなるように思います。

 

そして、生きるには、愛してくれる人、好きでいてくれる人がいる。
 
入退院をくりかえしたり、自宅介護になって、自分の思いどおりには生きられなくなってからも、母親はがんばって生きました。好きなように生きられなくなったとき、生きることにどんな意味があるのだろうと思っていましたが、がんばる母親をみてこう思いました。
 
なんとかよくなろう、変化しようとしていたんだな。そして、そばにはそれを支える愛してくれる家族がいたんだな。そんな人と一緒に1日でも長くいたいという気持ちが変化しようという生きる力になるんだな。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt