キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去のトヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

がんばれきれなかった人も希望にみちた人ですから。

ほぼ日新聞の糸井重里さんが書かれている今日のダーリンというコラムの愛読者です。
 
このブログをはじめたキッカケのひとつは、実は足元にもおよびませんが、糸井重里さんのコラムです。で、最近読んだ今日のダーリンで心に残った言葉があります。
 
がんばれきれなかった人も希望にみちた人ですから。
 

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昨日、昔はみんなでがんばったら必ずよくなると信じていたけど、今はVUCAの時代。不安定、不確実、複雑、あいまいな時代になって、がんばった先の希望は自分でみつけてつくらなきゃいけない時代になったのかなぁ~と書いたのですが、そんなことを思っていた時にちょうどこの「がんばれきれなかった人も希望にみちた人ですから」という言葉にであいました。
 
がんばりきれなかったということは、がんばった成果がでるまえにやめてしまった。あるいは、がんばったけど、あと少しのところで成果がでなかった。ということ。
 
だから、
 
がんばりきれなかったとき、そこには失望がある。
 
自分でがんばったと思える量が多ければ多いほど、その失望も大きくなる。でも、がんばったってことは、そこには希望はあった。たくさんがんばったってことはたくさんの希望があったということです。
 
問題は、がんばりきれなかったときにどうするか?
 
また、卓球の平野選手や早田選手をおもいだしてしまいました。
 
もしあきらめたら、失望したまま、希望はなくなります。
 
この間読んだ本に、
 
成功は未来にある
 
と書いてありました。
 
「人生の勝率」の高め方 成功を約束する「選択」のレッスン

「人生の勝率」の高め方 成功を約束する「選択」のレッスン

 

 

たしかに、成功とは未来にかちとるものです。希望もまた未来にあります。希望をもてない未来しかもてなければ、とてもつらい人生になります。そして、VUCAの時代に、誰かが希望をあたえてくれることはありません。
 
あきらめなければ、もともとあった希望へのおもいはさらに高まって、希望にみちた人になる。
 
そして、希望にみちた人は、たとえば、桃田選手のように、さらに大きな人になって、希望を実現し、さらにおおきな希望にみちた人になる。桃田選手には、なんとしても事故から復帰して金メダルをとってほしいなと思います。
 
ベンチャー企業の方の話を聞いていても、人生波乱万丈。がんばりきれなかったことはたくさんあります。でも、あきらめない。そして、夢を実現されています。
 
がんばれきれなかった人に、ダメじゃないか!と怒るのでもなく、残念だったねとなぐさめるのでもなく、あきらめるな!とはげますのでもなく、
 
がんばれきれなかった人も希望にみちた人って言われると、なくしかけた希望に本人がしずかに気づけるような気がします。
 
さすが、日本がほこるコピーライターです。いい言葉を紡がれます。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt