キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去の出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

人見知りは才能だ。

タモリさんが言われた言葉です。
 
人見知りは才能だ。
 

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人見知りは“こうしたらこう思われるかも”って身動き出来なくなっちゃうけど、それは他人の事を人一倍よく考えてるという事。だから一歩踏み出すだけで誰よりも人を楽しく豊かにできる。人見知りは才能だ。
 
タモリさん自身も人見知りらしく、人見知りではない奴におもしろい奴はいないとも言われているようです。
 
なるほどなぁ~と思いました。
 
自分も小さいときは強烈な人見知りだったので、なんだかとても勇気をくれる言葉だなと思います。
 
小学校1年生の頃は、遊んでいるみんなの輪にはいることができず、遠くで見てるような子でした。
 
中学校にはいったとき、大学にはいったとき、会社にはいったとき、大きく環境がかわるといつもなかなかなじめず、ポツンと一人でいることが多かった。
 
男子校だったこともあり、女の子ともなかなかうまく話すことができませんでした。
 
遊んたり、話したりしている人たちの輪に、自分が入っていったときに、変な顔されないか?無視されはしないか?自分の発言でしらけるのではないか?そう考えだすと、どんな顔をして、何を話せばいいのかがまったくわからない。わからないから、じっと見ている。
 
そんな自分がちょっと嫌で、ますます引っ込み思案になっていました。
 
でも、たしかにタモリさんが言われるように、その分、人の微妙な表情や声のトーンにすごく敏感になりました。
 
わらっているけど顔の一部分がわらってないとか、おこっているけど目はあたたかいとか。だから、その人が言葉とは裏腹に何を考えているのか、どんな人なのかが、すこし話しているとなんとなく人よりわかるようになったように感じます。そのことは会社にはいってから、人事の仕事や、おもてなしの仕事をしたときにずいぶん役に立ちました。
 
言葉にできない何かを表現する音楽や絵画といった芸術がとても好きなのも、精神分析や心理学に関心があるのも、大学の頃、自分が曲づくりに没頭していたのも、もとをたどれば人見知りだったからなのかなと今思います。
 
そんな人見知りだった自分も、人見知りはだいぶなおりました。
 
自分自身、たくさんの出会いのなかで自分がどんなふうに思われるのかがある程度わかるようになったこと、社会的地位で自分に肩書ができたことで、“こうしたらこう思われるかも”と不安になる状況がへったからです。部下の言葉も一つのキッカケになりました。
 
人見知りが治ったことは社会的な生活をおくるうえで、友達も増えるし、とてもいいことです。
 
でもその分、芸術への興味や何かに没頭する力がおとろえたなとも思います。
 
そもそも、自分がどんなふうに思われるかがある程度わかるということ自体、おおきな誤解のような気もします。
 
人見知りだった自分、自分の中の人見知りをもう一度しっかり感じて、大事にしたいなと思います。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt