キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去の出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

在宅勤務をして思ったこと。

新型コロナ対応で在宅勤務をすることになって思ったことを書きます。
 

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働くということは、産業革命以来、「雇っている人に拘束されている時間=働いている時間」でした。
 
当時の資本家たちは巨大な機械設備を設置して、そこで人を働かせれば働かせるほど利益をあげることができたので、労働者を酷使しました。
 
それでもなお、働いている人は、地方で農業をしているよりも、多くの給料をもらうことができたので、言われるまま働きました。
 
労働はどんどん過酷になっていき社会問題化してマルクスが登場。組合が生まれ、酷使される労働者を守る運動がおこり、社会主義の国ができ、資本主義の国にも労働時間が長くなりすぎないように取り締まる法律と仕組みができました。
 
今では、パソコンのログインの時間をチェックし、パソコンを開いている時間=働いている時間とみなされます。
 
労働者を守る制度や仕組みで、雇う人と雇われる人のバランスが適正に保たれ、働きやすい住みよい社会になりました。
 
一方、社会が成熟するにつれて、働くということの意味も変わりつつあります。
 
そして今、新型コロナ対応で在宅勤務が拡がっています。
 
在宅で勤務するわけですから、働くこと=時間で拘束されることではなくなります。
 
働いた結果は時間ではなく、具体的なインプットとアウトプットしかありません。
 
具体的に調べたり、集めたりした情報。
集めた情報をもとに企画し、まとめられたレポートや資料といったアウトプット。
テレビでの会議や打ち合わせであれば、会議での発言。
(発言をしないとテレビに映らないのでいるかどうかがわかりません)
 
これはずいぶん厳しいことだなと思います。
 
「時間を拘束されていること=働いている」という場合は、仮に仕事をしなくても、会社に出社していれば働いていることになります。会議に出て何も発言しなくても仕事をしたことになります。
 
会社に行って拘束をうけるのはつらいことではありますが、具体的なインプットやアウトプットがなくてもいいというのは、考えようによっては楽なことだなとも思います。
 
在宅勤務は、日頃、自分の働きで本当に役に立っていることを際立たせます。
 
本来、目的に対して役に立つことが仕事、そうでないことはムダです。ムダな仕事という仕事はありません。
 
働くことの意味が変わり、言われたことをやるのではなく、自ら好きなこと、面白いと思うことを仕事にする時代になりつつある今、
 
今回の在宅勤務で、自分の意味のあるインプットやアウトプットとは何かを見つめなおしてみる。そのことをハッキリさせて、そのことに集中できるように、今やっていることを見直す。
 
今回の新型コロナ対応は、時間から自由になる新しい働き方、自分が時を忘れてうちこめる働き方にかわっていく歴史的な変換点になるかもしれません。
 
産業革命は当時ヨーロッパの3分の1が死んだといわれる黒死病がキッカケのひとつだったそうです。黒船来航の危機は明治維新につながりました。カメラのデジタル化が進むなかで、当時の世界一位のコダックは倒産し、二位の富士フィルムは新たな領域へのチャレンジが成功し、引き続き優良企業として活躍しています。
 
危機へどう対応するのか?しのぐのか、力をたくわえるのか、変わるのか?今、運命の分かれ道を歩いているような気がします。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt