キムライフ・キムライブ

もらったものは次の人に渡す。日常での気づき、過去のトヨタでの出会い・経験、大好きな本や音楽などからもらったものがどこかの誰かにわたり、もし役に立てればうれしいです。

掃除は基本。洒掃応対(さいそうおうたい)

掃除は基本です。
 
外出自粛のおうち時間で一番したことが掃除だそうですが、チリひとつない床を見るのは気持ちがいいものです。
 
洒掃応対(さいそうおうたい)という言葉があります。
 
洒掃とは掃除、応対は人との応対のことです。
 
江戸時代には清掃と応対が人生の基本と考えられ、教育の基本だったそうです。
 

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禅でも、掃除はとても大事な修行です。
 
毎日、床をみがき上げる。ものをあるべきところにまっすぐにおく。
 
身心一如
 
たとえば、スリッパがあるべき場所にまっすぐにそろってなければ、それは心が乱れ、まっすぐではないことの現れだと考えます。
 
昔、社内教育の仕事をした時、先生が書かれた本を随分読みました。その中に荒れた学校をたてなおした原田先生と言う方の本があります。
 
カリスマ体育教師の常勝教育

カリスマ体育教師の常勝教育

  • 作者:原田 隆史
  • 発売日: 2003/10/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

その方が荒れた学校をたてなおすためにまずすること。それは警察を呼ぶこと。そして、その次にすることは、
 
机の横にまっすぐにカバンをおくことを徹底すること。
 
こうした規律をしっかりと守ることによって、荒れた学校は少しずつたちなおっていきます。
 
掃除は、あるべき姿を考え、整理整頓する力をみがきます。
 
いろいろ起きたことで、いろいろ散らかるし、ゴミもたまる。それを綺麗にして、あるべき場所にものをまっすぐにおく。それを繰り返すうちに力は知らず知らずのうちにみがかれていくといいます。
 
そして、もう一つ。
 
自他非分離を感じること。
 
ものをみがくことによって、ものに愛着をもつことができます。自分ではないものと思った瞬間、そのものから自分の存在がなくなる。自分の気持ちがこもっていないものに当事者意識をもって真剣に取り組むことはできません。
 
掃除は掃除するものに自分の思いを込める行為でもあります。
 
そして、応対。
 
昔、人生は応対に始まり応対に終わると考えられていました。
 
英語で応対するはResponseですが、Responsibilityとなると責任となります。人生ではいろんなことが起きる。その連続です。
 
人生とは、その起き続けることに、適切に応対しつづけることということもできます。
 
洒掃応対(さいそうおうたい)
 
昔の人は、毎日当たり前にする掃除と人との応対という行為の中に人生の基本を見いだし、そのことをきちんと極めることで、生き方を学んだ。
 
すごいなと思います。
 
必ず学べることはある
学んだことは次の人にわたす
Everything is beautiful, nothing hurt